徒然日記〜夢はかく語りき〜

夢日記だったり、最近あった話など。

心残り

 

今年、2回目の入院は早40日を越えた。退院は少なく見ても5月半ばになりそうだ。

それまでには介護認定が降りていなければならないし、リハビリもしていかなければならないが、一時退院は何日間なんだろうか。

父の入院を聞いた友人や知人が母に言うのは決まって「母親が106歳まで生きたから大丈夫だ」という、意味不明な話。

それは祖母が106歳まで生きたのは病気ひとつしなかったおかげであり、病気を患う父には関係のない話である。

遺伝と言うが、実はN家の男性には60歳の呪いがあると、頑なに兄弟は信じていたようである。

まず祖父が60歳で結核で死亡し、長兄が60歳でがんで死亡。ちなみに長兄と父(次男)は16歳離れている。

それゆえ、N家は呪われている!とA叔父さんが騒いでいたが、60歳を見事にクリアして喜びもつかの間、62歳で肺がんが見つかり、その後身罷った。

ちなみに父の兄姉弟妹は12人いて、上から男・女・女・女・女・女・父・双子の男・男・男・女。長兄と伯母3人、叔父2人は亡くなっている。

伯母1人は認知症の末、脳出血だったかで身罷り、2人は糖尿病でと聞いた。叔父1人は幼少時に結核で。1人は肺がん。ちなみに祖母は老衰であった。

こうして書き出してみると、106歳まで生きた祖母はすごく健康的だったんだなと思う。

それと父を一緒にしてはいけないんじゃないかと思うのだが。

あと、よく言われるのが東京方面の名医に診せるべきだったのでは?というやつ。

まぁよくよく聞くと、病気を直したくて藁にも縋る思いで東京の有名な病院に行くんだけど、願い叶わず。っていうのはよく聞く話だ。

幼馴染のお父様に癌が見つかり、健康診断と偽って埼玉県だかの病院に行ったら、体調を崩してあっという間に亡くなってしまったというから怖い。

臨時職員時代の上司も癌が見つかり、東京の病院で手術してもらったが、それが良くない結果を招き、次の年の暮れに亡くなってしまったらしい。

最近ヤフーニュースで見たが、70代患者に癌が見つかり告知ミス、5年後だったかステージ4になり、亡くなったのは病院のミスだと家族が訴えたというが、5年間生きれたんだよね。じゃあいいじゃない。

癌が見つかったときに告知してれば、助かったかもしれないとでもいうのか。患者は癌だと知らされたら、ショックを受けてしまう。そうまるで父のように。

ちなみに肺がんで亡くなったA叔父はアスベスト関連で見つかったとき、すでにステージ4であっという間に体力が落ち、気力もなくなり亡くなってしまった。

5年間生きれたから、まだいいじゃないかって思ってしまうのは、抗がん剤治療をしたからと言って、生存確率が高くなる可能性はない。

母方の叔父も肺がんだったが、抗がん剤治療をしたがやはり5年くらいしか生きれなかった。亡くなる半年前に電話してきたときは「次、入院したら、もう退院できないって主治医に言われた」という。

その時点で脳に転移していたらしかった。12月下旬、容態が急変。救急車で運ばれ、一時危篤状態になり伯父と母は不安になった。その2週間後、息を引き取ったという。

父はこういうのを見てしまったから、昨年から身辺整理をしていたようだが、こうも早く再発するとは…

だが、病気でも事故でもあっという間に亡くなるのと違い、私達にはまだ時間がある。たくさん話をして思い出を分かち合い、その日がくるときまで、私達は父のそばにいよう。

ただ、心残りなのは結婚相手を紹介できなかったことかな😂父が心配なのは私の将来なのである。

私にもっと自信があったら良かったのにね…。彼氏も男友達すらいないんだもんなぁ。父を安心させたい、ただそれだけ。