徒然日記〜夢はかく語りき〜

夢日記だったり、最近あった話など。

リハビリ

 

入院して1ヶ月ほど、まともに歩いていない父にやっとでリハビリが入ります。

感染症の熱が下がったあと、私と母で何回も歩かないとだめだよと話していたのですが、医者から「部屋から出てはいけないと言われた」とか「感染症だから隔離されてる」など謎の妄想を語りだす始末。

先日の医師との面談で看護師とソーシャルワーカーさんが同席しての話し合いの際に、「隔離されてる」という妄想なのかせん妄なのか、精神にヤバい兆候があると話したら、看護師さん「それはご家族が支えてあげてください」と投げやりに言われたが、

私達が言っても頑固だから話が通じないんだと説明。そののち話し合いに参加した父から「感染症で病室に隔離されてたけれど、外に出ていいんですか?」と噂の妄想を披露したらば、にわかに慌ただしくなって、「早くリハビリに入れなければ」という形になりました。

病室に閉じ込めていたわけではないけれど、勝手にそう思い込み、それが医者や看護師からの指示だと言ってしまう、それがせん妄なわけで。できるだけ、外部と接触したり、病室から出ることで、せん妄はなくなるだろうとの見方だがしかし。

4月から来た医師はかなり親身になってくれて、父をよく見舞うらしい。兄も見習ってほしいものだ。

リハビリに入る話を叔母にしたら、「シャンシャン歩いていると思っていた」という。お見舞いに行くと起き上がってくれて、話をすると元気そうだった。というが、起き上がっただけで、歩いてはいない。

1月に入院した際は点滴スタンドを引っ張って歩き回っていたが、3月に入院したときは病室にトイレがあり、トイレまでは徒歩3歩くらい😂(往復で6歩くらいか)、歩けと言ったら「コレがあるから無理だろ!」と怒る。胆汁を外に出してるチューブが出ているから歩けないというが、1月にチューブとバッグを下げた状態で点滴スタンドを持って歩いていたのを私は見た。

体調が悪ければ1日中寝たきり。ほとんどベッドの上で過ごしている。4月に入ってからはやっとでベッドの背もたれを起こして、本を読んだりテレビを見たりし始めたが、それまではいつも行くと横になっている感じだったわけだ。

それを聞いたリハビリ技師が訪問したらしいが、会ってみると意外とよく喋るし、起き上がれるので安心したと父に言っていたらしい。脳梗塞等の病気の方くらいのリハビリをしなければならないと思って来たらしいとも。

しかし歩いてみせたのだろうか、1ヶ月歩いていないんだぞ。何歩かは歩けるだろうが、長時間は無理。たぶん10分も無理だろう。

父はリハビリは必要ないと母に言ったそうである。技師も楽観的だという。いやまず歩いてみてから言ってよね。リハビリを必要としたのは寝たきりの状態を見てきた医師や看護師、そして私達だけれども、本人が軽く考えていることが浅はかすぎて…これで歩けなくなっているのがわかったときにどれだけショックを受けるかと思うとね。

ちなみに私は36歳のときに利き腕の肘を骨折した。帰宅途中で自転車でズッコケ、右側を負傷。救急で診てもらったら、打撲の診断だったが痛みがひどすぎて、三連休後の火曜日に整形外科を受診すると、骨折しているという。全治1ヶ月。労災はおりたが、当時いた科からはお役御免となり、私は人事課所属の身となって休業に入った。1ヶ月後完治したものの、今度は五十肩になってしまう。腕が全然上がらないのだ。リハビリに入ったがアプローチが弱く、全く動かない。無理に動かそうとすると激痛だ。家でも肩回しをしてくださいと言われたが、すぐに疲れてしまう。

早く職場に復帰したくて、鍼灸に通い劇的に五十肩を治してリハビリを終えたのが12月、人事課に掛け合うも「今は仕事がない」と言われたし、「3月まで労災で休んでいたらいいんですよ」って、あのね!複雑骨折でもない全治1ヶ月の怪我を全治6ヶ月に引き伸ばしてどうするの?人の道にそれる気がして、私は辞職を選んだのだが…

その後、異動の際にお世話になった課長が、異動させてやったのにさっさと辞めやがったと愚痴ってたのを聞いたと元同僚。

元同僚は人事課とのやり取りを知っていたが課長には説明しても意味がないと判断したという。解る気がするわ。表面しか見ない人っているもんね。

要するに言いたいことは、ちょっとでも身体を動かさないとリハビリに時間がかかってしまう。ということですよ。

ちなみに私は右手首の関節付近を痛めたらしく、2ヶ月以上手の平を見れませんでした。手は使っていたんですけどもね、手首だけは激痛で使えませんでした。仕事は失ったけれど、実はパワハラが酷いところだったので辞めれて良かったのかもしれません。